あなたの生活に新たな視点と潤いを提供するプレミアムライフスタイルマガジン



あたらしい自虐の詩、『臨死!! 江古田ちゃん』

2008年3月31日 23:51 | 爆裂読書日記 | By: ピエールいがらし





◆著作者名

◇瀧波ユカリ

◆書誌情報

臨死!! 江古田ちゃん(1)講談社2006年4月
月刊『アフタヌーン』連載[2005年3月〜2006年1月]
臨死!! 江古田ちゃん(2)講談社2007年4月
月刊『アフタヌーン』連載[2006年2月〜2007年3月]

ちょっとまえに流行った『働きマン』(安野モヨコ/講談社/1〜4巻/『モーニング』連載中)が『きみはペット』(小川彌生/講談社/全14巻)の恋愛色をうすめたかわりに業界暴露色をつよめた作品なら、本作『臨死!! 江古田ちゃん』は、夢も希望も愛も未来も排泄して「女のリアル」を惜しみなく披瀝した作品として(2巻には叶恭子の推薦文「このマンガにはキレイ事はひとつもない!」の入ったオビつき)、ここ最近の20代〜30代を対象にした辛口作品群の極北をキープ。

それにしても、なんでまた『アフタヌーン』!?……な気もするが、『寄生獣』の作者が挑んだ珍作『ヒストリエ』のみならず、BL系読書人から生あたたかい視線を浴びる『おおきく振りかぶって』の連載を抱える闇鍋感覚たっぷりの同誌ならばと、やや納得。

それでは本題。北海道出身、独身24歳、派遣社員としてテレオペ、アルバイトとしてヌードモデルおよびフィリピンパブに勤める主人公「江古田ちゃん」が見せる「女のリアル」とは? 「江古田ちゃん」が洗濯代節約のために日々実践する全裸生活? 刹那的に肉交に至る愛妾生活? ゆるゆるながら狙った獲物は逃さない「猛禽」(妹系美少女)への悪態生活?

むしろそれ以上に「女のリアル」が見えるのは、誰もが目をそらしがちな日々の片隅のエピソードに感応するところ。

たとえば1巻108頁……3コマまで違う3人の男の寝室で自問自答する彼女が4コマで想起する言葉「どういう気持ちになれば「恋」なんだっけ」は、恋を諦め恋を捨てたはずの彼女が、男の幻想を体現してこれを満たす「猛禽」を難詰しながらも、そして男の欲望に懐柔されるだけの愛玩動物のような人生を拒否しながらも、それを乗り越えた(愛されることとしての)愛を求める悲しい性が言わせる言葉。
おなじく2巻88頁……浮気中の男の寝室で。男「なんで他の人とも寝るの」(1コマ)江古田「…」男「あてつけてんだろうけど/そんなことしてもオレあいつと別れたりしないけど」(2コマ)江古田「…」男「お前を好きっちゃ好きだし/傷つくもんは傷つくんだよ」(3コマ)江古田「…/こんなときにうれしいと思う私はそうとうの馬鹿だ」。男に絶望しながらも微量な希望を捨てきれない女の性……とでも言うべきだろうか。

いずれにしても、『ハチミツとクローバー』(羽海野チカ/集英社/全10巻)のような王道青春少女マンガとは似ても似つかない風貌と言動をくりだす「江古田ちゃん」は、いくぶん屈折しながら求める道はその王道とどこかで通いあう、恋愛に懐疑的な恋愛至上主義者とでも呼ぶべき人。その意味で本作は、紆余曲折を経ながらも、旧来の少女マンガの定石を手放すことのない正統派の色彩も備えている。

本作の魅力はもちろん、セレブリティとは100億光年ほど程遠い、思わず自分の姿を見ているような気にさせる下流ライフの等身大の人物描写。だが、このような自己投影共感ネタの源泉はいずれ枯渇して内部崩壊しやすいのもまた事実(Cf. 東村アキ子『きせかえユカちゃん』の巻末付録「健一レジェンド」のあの抱腹絶倒の完成度と、その拡大判『ひまわり』のあの惨状を参照のこと)。

このようなリスクを逃れて本作が今後継続されるにあたって、注目すべき新たな可能性は、人の痛みへのやわらかい感受性にある。

たとえば1巻7頁……「朝の通勤電車でいきなりおばさんが/泣いた」(1コマ)「はじめの一言だけもらしてあとは/顔をおおってた」(2コマ)/「みんな目をちらっとうごかしただけで/何も起こってないふりをしている」(3コマ)/「なんだかキモチ悪い/でも江古田ちゃんも何も起こってないフリをした」(4コマ)。

ここにあるのはもはや笑いを誘う「女のリアル」といったものではない。「江古田ちゃん」の極躁状態ハイテンションが繰り出す数々の笑いのシーンがどこか覚めて乾いたものと感じられるのは、この感受性があるからこそ。その意味でこの作品は、笑いが切なさに支えられて成立することを教える『自虐の詩』(業田義家/竹書房/全2巻[文庫版])の正統な後継者とも言えなくはない(4コマという形式には、どことなく『自虐の詩』への目配せがあるようにも……)。

彼女もちの浮気男から聖夜にハムスター2匹の世話を頼まれたところ夜中にそれが雌雄のペアだったことが判明してちょっと凹んだ「江古田ちゃん」の今後、画力が増して上村一夫風情がただよいはじめた扉絵の本作の今後からは、これからも決して目が離せない。第3巻はたぶん2008年4月ごろ発売。乞うご期待。

臨死!!江古田ちゃん 2 (2) (アフタヌーンKC)

+SIGHT内関連記事







TrackBack URL :

コメントをどうぞ


トップページ | 記事一覧 | +SIGHTについて | お問い合わせ先 | RSS