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	<title>+SIGHT &#187; 爆裂読書日記</title>
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	<description>あなたの生活に新たな視点と潤いを提供するプレミアムライフスタイルマガジン</description>
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		<title>ジェンダー・トラブル、菅野文『オトメン（乙男）』</title>
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		<pubDate>Tue, 18 Nov 2008 16:20:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ピエールいがらし</dc:creator>
				<category><![CDATA[爆裂読書日記]]></category>

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		<description><![CDATA[


オトメン(乙男) 6 (6) (花とゆめCOMICS)
菅野 文
白泉社  2008-08-19by G-Tools


◇「望むがままに読んでほしい。望むがままに解釈してほしい！　そして数分の間私の母のために涙す [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<table border="0" cellpadding="5">
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菅野 文<br />
白泉社  2008-08-19</font><font size="-2">by <a href="http://www.goodpic.com/mt/aws/index.html">G-Tools</a></font></td>
</tr>
</table>
<p>◇「望むがままに読んでほしい。望むがままに解釈してほしい！　そして数分の間私の母のために涙することで、私の眼のなかでしばし死せるこの母、だがあなたの眼のなかで私を生かすために数年の間涙しつづけてきたこの母のために涙することで私が冒したことを、誰かがわかってくれさえするなら……」（<strong>アウグスティヌス『告白』9, 12, 33</strong>）</p>
<p>◆剣道部主将にして「男のなかの男」正宗飛鳥、眉目秀麗にして「男の憧れの的」都塚りょう、無類の女好きの橘充太、この三人を軸に展開される正統派学園恋愛ロマンス……というカバー装幀を一見したときの第一印象を軽やかに打ち砕くのがこの作品。トランス・ジェンダーの物語でもクロス・ドレッシングの物語でもなく、性同一性障害の物語でも同性愛の物語でもなく、料理と裁縫とかわいい雑貨が大好きな正宗飛鳥とあらゆる格闘技を操る都塚りょうが繰り広げる、いわゆる異性愛的恋愛譚であることにかわりはないが、しかし「ジェンダー・トラブル」とでも言うべきものが作品中で展開される。</p>
<p>◆「女」になりたいと言い残して逃亡した父に置き去りにされた母のために男に同一化しようとする正宗飛鳥が、柔道有段者にして剣道部主将を務めあげようとする行為は、きわめて紋切型の「男」の外形をなぞったパロディにすぎない。さらに彼のなかで執拗に繰り返される偽装としての「男」に対する真実としての「女」の側面もまた、裁縫と料理とかわいい雑貨を愛でるというクリシェとしての女性像のパロディでしかない。このような「男」と「女」の境界線上でのせめぎあいは、少女漫画作家としての秘密を抱える橘充太の作品ソースに利用されるなどして作品のなかで主軸に据えられ、凝った昼食やあみぐるみなどのディテールで読む者を楽しませてくれる。</p>
<p>◆ただし、この「男」と「女」のパロディとしてのパフォーマンスは、かえって模倣しているはずのオリジナルがそのようなパフォーマンスを無限に反復することでしか成立しない非自然的で人為的なものであることを明かしているという、ジェンダーへの新たな視点を図らずも提供していることも見逃せない。「ジェンダー化された永続的な自己とは、アイデンティティの実体的な基盤の理想に近づくように、反復行為によって構造化されたものであることが判明するが、他方でその反復行為は、ときおり起こる不整合のために、この「基盤」が暫定的で偶発的な〈無−基盤〉であることも明らかにする」（<strong>ジュディス・バトラー（竹村和子訳）『ジェンダー・トラブル』青土社［1999］</strong>）。その意味では、正宗飛鳥という「男」を演じる「女」の実体をもつ「男」と、都塚りょうという「女」を演じる「男」の実体をもつ「女」との、新しいジェンダー配合のカップリングという作品が意図していると思しきテーマ設定は、文化的意味であれ生物学的意味であれ性差というものがすべて起源を欠いたパロディによる構成体でしかない以上、まったく問題がないわけではない。</p>
<p>◆それに代わってもうひとつ、この作品は、登場人物がいずれもある秘密を伝えようとする告白（カミング・アウト）の物語でもある。正宗飛鳥と都塚りょうは性差にまつわる秘密（ただし、これについては作品の冒頭部分で早々と告白される）、橘充太は少女漫画作家としての秘密、正宗のライバルである多武峰一はメイク趣味の秘密、正宗のクラスメートである黒川樹虎はフラワーアレンジメント趣味の秘密と、おもに男性登場人物がクリシェとしての「男」のカテゴリーから逸脱する倒錯的趣味を抱えてその秘密を告白する情景が随所に配置される。通常ならば性同一性障害ないしトランス・セクシュアリズムにおいて適用されるカミング・アウトが、友人たちの前での告白として翻案されるところに、この作品のソフトBL的な魅力が育まれる（ただし、性差の攪乱をテーマとするこの作品のなかで異性愛体制が遵守されつづけるところに、やはり幾分の留保がなくはない）。</p>
<p>◆作者自身が単行本欄外で「自分の趣味ではない」と断言したことがにわかに信じがたいほどの完成度をもって展開される「乙女チック男子のラブコメディ」は、まずは随所に散りばめられた乙女系ディテールで、さらに登場する男が次々に乙女に変貌していく変身譚で、この作品は読者を飽きさせることがないのも事実。最新刊の第６巻ではハードなビジュアル系ボーカルがガールズ系ポップスを愛する思いとの間で思い悩むところに正宗飛鳥が巻き込まれる場面で終結を迎えるが、今やこの作品の固有語法となった表現方法をもって、今後も「乙女チック男子のラブコメディ」を押し進めていくだけの躍動感と潜勢力をこの作品は備えている。</p>
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<li><a href="http://plussight.net/?p=1025" rel="bookmark" title="2008/8/15 金曜日">壊滅の序曲、間瀬元朗『イキガミ』</a></li>

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		<title>奏でることと葬送、さそうあきら『おくりびと』</title>
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		<pubDate>Wed, 01 Oct 2008 15:17:23 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ピエールいがらし</dc:creator>
				<category><![CDATA[爆裂読書日記]]></category>

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		<description><![CDATA[


おくりびと (ビッグコミックススペシャル)
さそう あきら小学館  2008-08
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◇「作曲家や演奏家は錬金術師であって、地上世界が、その [...]]]></description>
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</tr>
</table>
<p>◇「作曲家や演奏家は錬金術師であって、地上世界が、その実体や魂と天国の音楽のこだまとの共鳴によって変容する際にその手助けをする。そのとき、それらの地上におけるこだまもまた天国で聴きとられ、両者のあいだの懸隔はほとんどまったくなくなってしまう。これは、本来の錬金術にも似て、全自然界の救済や人間とその超個人的存在（オーヴァーセルフ）との再統合をめざす音楽による錬金術という偉大な仕事の完遂を意味する」（ジョスリン・ゴドウィン『異星の音楽』）</p>
<p>◇「バッハの作品のなかに客観的に封じ込められている力動にふさわしいのは、ただその力動を現実化するような演奏だけである。なぜなら、真実の演奏は作品のレントゲン写真であり、演奏には認識が楽譜への沈潜から獲得する諸々の特徴と連関すべての全体を感覚的現象のうちで現出させる義務があるからである。……音楽が一般に演奏を必要とする限り、音楽の形式法則は作曲上の本質と感覚的現象の間の軋轢のなかにある」（テオドール・ヴィーゼングルント・アドルノ「バッハをその愛好者たちから守る」）</p>
<p>◆『バッテリー』の滝田洋二郎（監督）＋小山薫堂（脚本）、主人公小林大悟役の本木雅弘＋小林美香役の広末涼子による映画『おくりびと』（モントリオール世界映画祭グランプリ受賞）が、納棺師による死出の旅支度の様式美とそれを補完するチェロの旋律美によって、服喪という共有体験にもとづく共感と感涙を誘う佳作だとすれば、そのタイアップとして企画された本作、さそうあきらの新作は、プロットと舞台をほぼ同じくしながらもその志向するものにおいて、決して軽微ではない相違を抱いている。</p>
<p>◆東京のとある交響楽団の突然の解散により山形県酒田市への帰郷を余儀なくされた主人公のチェリスト小林大悟は、趣味でピアノを演奏する「日曜ピアニスト」の妻・小林美香とともに、亡き実母と出奔した実父が残した生家での新生活を始める。さしたる希望もないまま求職した小林大悟は、帰郷の翌日の求職活動で即決採用されたNKエージェントでの初仕事、性同一性障害に苦悩したのちに自死を選んだ男性の納棺で社長の手仕事に魅了される。しかしそれも束の間、腐乱死体、縊死死体、事故死体への納棺経験の衝撃によって辞職を決意する、が、遺族の心をときに揺さぶりながらも鎮めていく出来事のなかで再びその仕事に価値を見いだしはじめる。</p>
<p>◆にもかかわらずその矢先、妻に明かせずにいた仕事内容が露見したのちに訪れる妻との別れ、娘を交通事故で亡くした両親が自己の張本人に罪の償いの例として挙げた浴びせた納棺師＝忌むべき仕事との指摘、妻の納棺を嚆矢として現職に就いたという社長の自伝、亡き夫のチェロを代奏しながらの納棺、幼年期のチェロとの再会、無名のホームレスの孤独死への弔い、馴染みの銭湯「鶴の湯」経営者との死別、30年前に別れた父の弔報。これら数々のエピソードを織りこみながら構成された本作は、しかし単にオリジナルである映画作品を後追いすることも深追いすることもなく、納棺とその周縁エピソードという仮設舞台と共生しながら、ある一点を志向する。</p>
<p>◆「ある一点」とは、本作をその続編であるかのように思わせる、さそうあきらの前作との連続性にも関わる。『神童』（双葉社／全３巻）と『マエストロ』（双葉社／全３巻）において、それぞれ天才ピアニストと天才ヴァイオリニストの挫折と栄光を描写しながら、本作で描写されるのは所属交響楽団の解散によって他楽団からの入団依頼もないまま帰郷せざるをえなかった凡庸なチェリストの肖像。物語の進行とともに彼の挫折からの回帰がクローズアップされるのだが、妻との感情的な意味での斥力と引力からなる緊張関係のなかで、因襲的な地縁共同体の雰囲気を色濃く残したかつての成長環境のなかで、譜面に書き起こされることのない自然音源のなかで、彼がオーケストラにおける個人の超絶技巧とそのハーモニーを獲得するのとは別の次元での回復を果たすのは、記憶の女神ムネモシュネーと秩序と美の男神アポロンとが癒合する地点、「技術と記憶という二つの才能」（ジョスリン・ゴドウィン（斉藤栄一訳）『異星の音楽』工作舎）がともに開花する地点。納棺師の仕事を嫌悪して妻に去られた直後、チェロ演奏ができなくなる技術的な危機に襲われた小林大悟は、経営者亡き後の「鶴の湯」での帰ってきた妻との無名のヴァイオリン・ソナタ演奏という技術的な復活を契機として、これに導かれるようにして、父の記憶をたどりはじめる（かつて父との間で交わした「石文」のエピソードが妻との間で静かに回顧される）。</p>
<p>◆そもそもその回復が到来する予兆は、早くも作品の冒頭で風雪降りしきる駅のホームで小林大悟が演奏する、作曲者名としては唯一その名が明示されているバッハの（おそらく）「無伴奏チェロ」演奏に求められる。本作が、凡庸なチェリストの獣たち（自然）との交流による技術的精神的な復調の軌跡を記した宮沢賢治「セロ弾きのゴーシュ」（『新編・銀河鉄道の夜』新潮文庫）とその基礎構造を共有しながら異なる点は、「セロ弾きのゴーシュ」が「印度の虎狩」（エヴァンズ作曲）という伝統的クラシックに抗するアンコール曲をもって復調に至ったのに対し、本作があえてきわめて伝統的なクラシックであるバッハの「無伴奏チェロ」を回復の予兆として利用する点にある。「バッハの作品のなかに客観的に封じ込められている力動にふさわしいのは、ただその力動を現実化するような演奏だけである。なぜなら、真実の演奏は作品のレントゲン写真であり、演奏には認識が楽譜への沈潜から獲得する諸々の特徴と連関すべての全体を感覚的現象のうちで現出させる義務があるからである」（テオドール・ヴィーゼングルント・アドルノ（渡辺祐邦訳）「バッハをその愛好者たちから守る」『プリズメン』ちくま学芸文庫）」。このようにして「音楽が一般に演奏を必要とする限り、音楽の形式法則は作曲上の本質と感覚的現象の間の軋轢のなかにある」（同上）からこそ、バッハを古典化する力に反して小林大悟のバッハ演奏は、むしろこの「軋轢」を引き受けながら、単に楽曲に賦役する従士ではない自律的な演奏者としての使命を予感させる狼煙となる。楽曲のなかの因襲的な価値観を否定する演奏者の「自由な精神」が生まれるのが「芸術が自らに内在する材料を対象的な観照へともたらすことによって生じる、芸術自体の作用」だとすれば（G・W・F・ヘーゲル（長谷川宏訳）『美学講義』作品社）、その力をバッハの楽曲が内在し、演奏者がこれを現実化する。</p>
<p>◆さそうあきらの前作と接続するこの「一点」を志向しながら、本作はこれまでの作品に潜在していた死のテーマと正面から向きあってもいる（死のテーマは『マエストロ』におけるフルート奏者橘あまねの阪神大震災での両親との死別として登場しており、このテーマとの連続性も注目に値する）。その意味で、小林大悟における音楽的な意味での「技術と記憶」が同時的に復活するその地点は、納棺という労働（work）のプロセスを通じて出逢う人が各人各様の喪の作業（mourning work）を執り行なうなかで記憶の糸を紡ぎなおしていく地点と重なりあうのは偶然ではない。相愛と憎悪あるいは歓喜と悲嘆が折り重なりながら、音楽的な復活を遂げた後に訪れる死せる父との対面と喪の作業の遂行のシーンは、それまで冗談まじりの対話を溶けこませて構成されていた本編の要素をストイックに断ち切って、時間の感覚を感じさせない沈黙のなかで展開される。あまりに美しすぎるこの最終景が、しかしただの幻想ではなく現実感を失わないとすれば、それはおそらく一様に幸福な死だけではなく（自殺率の急増という今日的な問題点も含めて）不幸な死を描くことを忘れない作者さそうあきらのバランス感覚によることは疑うべくもない。オリジナルの映画作品との併読でも補読でもなく、映画作品がその技術的限界から捨て去った死角を浮かびあがらせるものとして、本作はそのオリジナリティにおいて異彩を放っている。</p>
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		<title>世界の終わりの「正しい」えがきかた、新井英樹『真説ザ・ワールド・イズ・マイン』</title>
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		<pubDate>Mon, 25 Aug 2008 15:25:01 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ピエールいがらし</dc:creator>
				<category><![CDATA[爆裂読書日記]]></category>

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		<description><![CDATA[


真説 ザ・ワールド・イズ・マイン (1)巻 (ビームコミックス)
新井 英樹Amazonで詳しく見る by G-Tools


◇「世界の終りを幻視する精神は、同時に新しき世界の誕生を欲する心情と一つのものである。 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<table border="0" cellpadding="5">
<tr>
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</tr>
</table>
<p>◇「世界の終りを幻視する精神は、同時に新しき世界の誕生を欲する心情と一つのものである。……ユートピアと逆ユートピアとは楯の両面である」（<strong>澁澤龍彦『夢の宇宙誌』</strong>）</p>
<p>◇「黙示録とは……人間のうちにある不滅の権力意志とその聖化、その決定的勝利の黙示にほかならない……。たとえ今は殉教の業苦を忍ばねばならないとしても、そして、この目的の実現のために全世界が壊滅されねばならないとしても、おお、クリスト教徒たちよ、なんの怖れることがあろう、君たちだけは王者としてこの世を統べ治らし、かつての暴君たちの首根っこを土足にかけることも出来るというものだ！」（<strong>D・H・ロレンス『黙示録論』</strong>）</p>
<p>◆世界崩壊は、<strong>『創世記』</strong>の大洪水とノアの方舟のエピソードを遠くて近い神話的起源とする。そして、『創世記』の延長線上にある『ヨハネの黙示録』の破壊的呪詛の数々は、キケロとセネカをして時間の支配から逃れた世界が現前するための世界の絶滅としての「カタクリモス」（変災＝大動乱）というパースペクティヴをもたらす。さらに時代は下り舞台は移り、<strong>楳図かずお『14歳』</strong>（小学館）をおいてほかに、コミック作品におけるその創作的起源はない。もちろん楳図作品が大人のいない子供だけの自閉世界を表象した<strong>『漂流教室』</strong>（小学館）において、ある種の戦時の「疎開の記憶」を描いたと仮定するなら、この起源説は直裁に「戦争体験」という共通記憶を指しているものとしてすっかり書き換えられなければならない。が、いずれにしても、世界崩壊の神話ないし作品は、崩壊とそれに連動する無からの創造（creation ex nihilo）にコミットするという点において、「世界の終りを幻視する精神は、同時に新しき世界の誕生を欲する心情と一つのものである」（<strong>澁澤龍彦『夢の宇宙誌』</strong>／河出文庫）という澁澤龍彦の言葉は至言というべきで、このカップリングから逃れた作品は駄作として消滅するか傑作として賞賛されるかという二分法に巻き込まれる。</p>
<p>◆しかし<strong>新井英樹『真説ザ・ワールド・イズ・マイン』</strong>（エンターブレイン）は、この予定調和的な青写真を軽々と乗り越えていく。いかなる伏線もなく連れ添いあった自閉症的ニートにして爆薬密造者・三隅俊也と絶対的な力と自己肯定を信じながらも犬が苦手な「モン」（通称「トシ・モン」）によるプラスチック爆弾無差別散布による連続殺戮、その破壊と殺戮に歩調を合わせるようにして雪山から出現した<strong>『ヨブ記』</strong>の地上獣＝ベヘモットのごとく地上の生命を蹂躙する羆（通称「ヒグマドン」）……四六判全５巻合計3,000頁という一大長編叙事詩の序章を飾るのは、まずはこの未曾有のカタストロフィーの二重奏。</p>
<p>◆青森西警察署の占領と雪山への逃亡、<strong>宮沢賢治『なめとこ山の熊』</strong>の如く羆との憎悪を越えたハンターとライターの追跡を物語の横糸にして、逃走の途上での羆と「トシ・モン」との想像上の邂逅……ロベルト・シューマン作曲のピアノ独奏曲と同名にして「夢想」の意をもつ「トロイメライ」と題された章において、「モン」は殺人機械から一転して他者の痛みに共感する聖人へと回心する。この回心と入れ替わりに殺意を平常心と相即させはじめる三隅俊也は、モンの暴力性に戦慄しながら魅かれる少女・阿倍野マリア（通称「大館のマリア」）に出会う。三人となってふたたび繰り返される街路の殺戮から山中への逃亡は、三橋俊也の逮捕（後に彼に殺された遺族によって私刑＝死刑）、阿倍野マリアの射殺に終わるが、マリアとの死別の哀しみを抱えたモンは、もはやその生死も定かではないままいつしか捕縛の手を逃れ、聖人のごとく世界を遊歩する。</p>
<p>◆佳境を迎えた物語は、「トシ・モン」のプロットが後景に退くにしたがって、羆のプロットが前景にあらわれる。生け捕りにされアメリカ合衆国の生物型兵器と判明した羆はアメリカ合衆国への海上護送中、突如として巨大化、<strong>『エノク書』</strong>および<strong>『ヨブ記』</strong>に登場するレヴィヤタンのごとく空間を統べる海獣へと豹変する。人知人力を遥かに凌駕するこの獣に対してついにアメリカ大統領による水爆攻撃指令が下るも、この指令は世界同時的な水爆投下のトリガーを引き、やがて水爆による世界の終焉を描出したところで作品は、終章という名の新たな展開を迎える。</p>
<p>◆新版に寄せた作者・新井英樹の言葉によれば「原罪をしょって人間の生命がはじまったと言うなら、僕も世界がはじまる瞬間を描いてみたかった」。この作品のなかで描かれた自己目的化した大量殺戮は、たしかに作者のエゴイスティックな願望充足のための誇大妄想と思えなくもない。しかし、それまでは遵守されていた道徳律が破戒されたあとに残る世界、万人の万人に対する闘争というホッブス的世界、この世界秩序が溶解していくプロセスをそれに比例する暴力の激化という視点からとらえた点で、本作を「道徳の教科書」と定義する作者自説は、道徳の崩壊過程を通じて道徳が永遠のものでも絶対的真理でもないとする、いわば逆説的な道徳論となりえている。</p>
<p>◆聖人のごとく表象されながら最終的にはテロリストと接近するところまでが描かれる「モン」の造形に関しては、連合赤軍的イデオロギーのあまりに美的すぎる残響ということから一定の留保をせざるをえないし、水爆後の世界崩壊から20億年後の世界をもって世界創造を表象する結末に関しても、ニューエイジ思想の直裁にすぎる援用ということから一定の留意が必要かもしれない。しかし、2001年９月11日のアメリカ合衆国同時多発テロリズムを幻視したかのような預言的トーンは、偶然とはいえ、この作品がその深奥に潜ませた潜勢力の深度を証明している。</p>
<p>◆この潜勢力は、世界没落の幻想がつねに特権階級の没落の期待に満ちた予感（ジェルジ・ルカーチ）とも、進歩主義イデオロギーによって推進される平等主義的民主主義に対する貴族主義的民主主義からの批判に準拠した終末論的ヴィジョン（シャルル・ボードレール）とも解釈できるが、いずれにせよある種の黙示録的語調に貫かれている。「いまだ」現実化されてはいないが「すでに」潜在的には（予兆あるいは予感としては）現実化の一歩前まで到来している、世界再生の希求と背中合わせの世界崩壊のヴィジョンを、したがってこの黙示録的な破壊劇は提示する。そして黙示録とは、「人間のうちにある不滅の権力意志とその聖化、その決定的勝利の黙示にほかならない」（<strong>D・H・ロレンス『黙示録論』</strong>／ちくま学芸文庫）とすれば、作者・新井英樹をしてこの作品を構想＝実現せしめたその根源には、「道徳の教科書」というナイーヴな表現の皮膜に覆われた真皮としての現実批判への意志がある。作者自身に固有の個人的怨念とおそらくは綯い交ぜになったままの漠とした世界嫌悪という外観をとりながら、それを現実から切り離された悪戯にも似たフィクションにすぎないという評価に、しかしこの黙示録的作品は抵抗する。反ユートピアの表現によってユートピアを暗示するという巧妙な業によって。</p>
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		<title>壊滅の序曲、間瀬元朗『イキガミ』</title>
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		<pubDate>Thu, 14 Aug 2008 15:37:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ピエールいがらし</dc:creator>
				<category><![CDATA[爆裂読書日記]]></category>

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		<description><![CDATA[


イキガミ 1―魂揺さぶる究極極限ドラマ (1) (ヤングサンデーコミックス)
間瀬 元朗
小学館  2005-08-05by G-Tools


◇「賽子一擲……民主主義は神の望みであり、偶然の望みであり……」（ジ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<table border="0" cellpadding="5">
<tr>
<td valign="top"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4091532810/plussight-22/ref=nosim/"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/21X8SV8P93L._SL160_.jpg" alt="4091532810" border="0" /></a></td>
<td valign="top"><font size="-1"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4091532810/plussight-22/ref=nosim/">イキガミ 1―魂揺さぶる究極極限ドラマ (1) (ヤングサンデーコミックス)</a><br />
間瀬 元朗<br />
小学館  2005-08-05</font><font size="-2">by <a href="http://www.goodpic.com/mt/aws/index.html">G-Tools</a></font></td>
</tr>
</table>
<p>◇「賽子一擲……民主主義は神の望みであり、偶然の望みであり……」（ジャック・ランシエール『民主主義への憎悪』）<br />
◇「その不可視の「海」の広がりの全貌を知る者は一人もいない」（道場親信『抵抗の同時代史—軍事化とネオリベラリズムに抗して』）</p>
<p>◆あらゆるところに、政治家＝マリオネットたちが踊る劇場政治の後背に、街路に、家庭に、マイノリティをおびやかす力の影。森喜朗、小泉純一郎、安倍晋三、福田康夫へと連なる、エラスムス『痴愚礼賛』の轍を踏みなおすような痴愚政治は、これに対する批判がこの愚者のゲームに加担することを意味するところから、もはやその批判そのものがむしろ批判者自身の愚かさを表明してしまうまでに事態が悪化している。ただし同時にこのペダンティズムの間隙を縫うように、洞爺湖サミット開催での世界政治への示威表明という光の裏側では、日米安保体制の再履行を意味する沖縄アメリカ軍基地移転計画、投票率低下に眼をつけて寡頭制衆愚政治を狙う国民投票制度の画策など、恐怖政治への道は着々と敷きつめられようとしている。</p>
<p>◆『イキガミ』が情景とする世界は、このように無痛のままに恐怖政治化が完了した事後の社会。一見したところ、この社会内の人々は自由と平等を（それと自覚せずに）享受して生存しているかに見える。しかし、この社会を律する国家とは、ワクチン接種と同時に18歳から24歳の間に1,000人に１人の確率で心臓破裂をもたらすカプセルをロシアンルーレットのように体内に注入する、「「死」への恐怖感を植えつけることによって、「生命の価値」を再認識させることが目的」とされる「国家繁栄維持法」を公布＋施行し、通称「逝紙［イキガミ］」と呼ばれる通達書による死の宣告を24時間前に本人に告げることをも義務化した国家。その地方公務員であり主人公でもある死刑通達人＝郵便配達人が訪れるとき、宛先人とその家族の間には悲喜劇の果てのセンチメンタリズムに満たされたヒューマニズム・ドラマが生まれる。</p>
<p>◆「逝紙」を受け取った人々の末路は、過去のいじめの復讐を繰り返しながらも虚しさから最期はいじめに遭う少年を鼓舞して果てる男、メジャーデビューの擬似餌と引きかえに相方と別れたものの最期には過去の二人の創作曲を歌って果てるストリート・ミュージシャンの男、ディレクターとなって番組を任された男が駆けつけるものの延命薬の過剰摂取により果てる女。歩くことをやめた女性の亡夫の代わりを務めることで存在理由を見つけて果てる養護老人ホーム職員の男。その性善説的な人物造形に支えられた浮薄なヒューマニズムの価値については措くとして、この「逝紙」の着想源が戦時中の「召集令状＝赤紙」であることが早くも第２巻で明かされ、やはりこの「赤紙」を巡っても同様のヒューマニズムが展開される。</p>
<p>◆「逝紙」が無作為抽出によって被死刑宣告人を選定して配達されるというシステムは、民主主義の原理に誠実に従った結果のようにも見える。現代に限らず古代アテネにおいてもすでに問題視されていた議会制民主主義がエリート＝マジョリティによって独占される寡頭制となる民主主義の劣化を防止するには、現在ではもはやその微弱な残光でしかない投票制に痕跡をとどめる「民主主義の本質であるくじ引きのスキャンダル」（ジャック・ランシエール『民主主義への憎悪』インスクリプト）が権力の寡占状態を反古にするしかない。ただし、『イキガミ』のなかでの「逝紙」は、賽子一擲としての神の手による偶然どころか、国家公務員によって管理・配達され、通達人は郵便配達人のように玄関先で死を宣告するところを隣人に立ち聞きされ、不在票を置いたまま気づかれないこともあるという杜撰な管理。これでは人知を超越するどころか、その選定過程そのものがすでに特定の権力者に掌握されたものとさえ思えてくる。このことはひとえに、ある種のリアリズムを追求することで成立している本作の設定にかかわる重大な欠損と言っても過言ではない。</p>
<p>◆さらに欠損は続く……いかなる抑圧状態にあっても起こりうべきレジスタンス、たとえばベトナム戦争時にアメリカ兵を脱走させた「不可視の「海」の広がり」（道場親信『抵抗の同時代史—軍事化とネオリベラリズムに抗して』人文書院）のような、いわばポピュリズム的抵抗史の可能性を、この物語は微塵も感じさせるところがない。外面的には現実の政治社会状況との相即を感じさせるリアリズムを装いながら、しかし実際には国家レベルでの抑圧状態を批判することもなく甘受する衆愚政治という一面的な歴史観で物語を展開することは、リアリズムを追求しながらもその追求の深度において甘いところがあると言わざるをえない。</p>
<p>◆それにしても、本作のベースとも言うべき「赤紙」によって生と死の両岸に分かたれた夫婦を濃厚なセンチメンタリズムで描くという着想は、戦時経験者たちが鬼籍に入ろうとする今日、近代帝国主義の末路ともいうべき世界史レベルでの力動、その渦中にあって帝国主義国家化を進めた日本の失墜、全体主義国家となりつつあるなかでの人民の弄ばれた命運など、そのすべてを継承することなく忘却した歴史的健忘症の産物でしかなく、率直にいって違和感を通り越して危機感さえ抱かせる。「赤紙」とともにありえたと信じる感涙の種子を史実を歪曲してまで増幅したのち、それをベースとして「逝紙」を巡るヒューマニズム・ドラマに翻案するという構想は、感動すれば事足れりとする作風の画一化に盲目的に従属する点で、決して軽くはない問題を抱えている。</p>
<p>◆したがって「逝紙」の物語のベースは、「赤紙」を巡るセンチメンタリズムの根底にある共同幻想としての戦争被害者意識によって支えられている。特攻隊員に象徴される美しき「散華」に由来するこの被害者意識。しかしそれは事実上「天災に出会ったとでも考える他はない、いわば「難死」であった」（小田実『「難死」の思想』岩波書店）とすれば、もはや『イキガミ』の依拠する礎石は風前の灯であり、戦争被害者としての自己表象のみで戦争加害者としての自覚をもちえない独善的なヒューマニズムは、感涙を呼ぶどころか、その落涙そのものが狂おしい自己愛からくる排外的ナショナリズムへの合意の告白でしかない。</p>
<p>◆しかしながら同時に、この物語の構想は、おそらく作者＋編集者の与り知らぬところで、ここまで素描してきたような過去の全体主義国家・日本と今日の現実の日本社会の終着点との恐るべき符合関係を示唆しているという意味で、やはり一考に値することもまた事実。2008年中の映画化が予定されているという本作にいかなる評価を与えるか……それはそのまま、鑑賞者＝評価者の見識を測る試金石であるといえる一点においてのみ、この作品の価値は生き存えている。</p>
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		<title>自虐系の終着駅、福満しげゆき『僕の小規模な失敗』</title>
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		<pubDate>Mon, 14 Jul 2008 17:03:37 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ピエールいがらし</dc:creator>
				<category><![CDATA[爆裂読書日記]]></category>

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		<description><![CDATA[


僕の小規模な失敗
福満 しげゆき
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◆自伝的作品は否応なく世相を反映する。藤子不二雄『まんが道』（中央公論新社）が数々の試練の末に漫画家として大成するサクセスストー [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<table border="0" cellpadding="5">
<tr>
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福満 しげゆき</font><font size="-1"><br />
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</tr>
</table>
<p>◆自伝的作品は否応なく世相を反映する。<strong>藤子不二雄『まんが道』</strong>（中央公論新社）が数々の試練の末に漫画家として大成するサクセスストーリーであるのに対し、<strong>つげ義春『義男の青春・別離』</strong>（新潮社）は不遇のままの隠遁生活を余儀なくされるアンチ・サクセスストーリー。そして泡沫経済の終焉の痕跡すら見えなくなった慢性疲労＝慢性不況をバックボーンにした2005年刊行の本作は、「ひきこもり」「ニート」「ネットカフェ難民」「若年ホームレス」「格差社会」など、およそ当事者意識を欠いたまま空洞化したレッテルが飛び交う社会状況のなかを、難破船よろしく浮遊する「僕」を支点とした定点観測の記録。</p>
<p>◆表題に偽りなく、本作で繰り広げられるイベントはいずれもことごとく「小規模」、というよりパラノイア的なまでに内向的な自己内対話に終始する。定時制高校卒業後に推薦で大学に入学するものの恋人はおろか友人すら皆無、消極的な理由で描きつづける漫画も鳴かず飛ばず、神経症気味の彼女を追いかけつづけるも振り回されるばかり。しかし数々の失敗にもかかわらず現実に働きかけるわけでもなく、ただでさえ細かく配置されたコマ（A5判1ページ平均12〜13コマ）の全体を覆うばかりに敷きつめられた長大な脳内対話が永遠の繰言のように連ねられる。</p>
<p>◆それにしても、この笑えなさはどこに起因するのか？　たとえば年代設定と人物設定（漫画家志望）を共有している<strong>青野春秋『俺はまだ本気出してないだけ』</strong>（小学館）が醸しだす蔑視と共感の入り交じった笑いは、しかし本作にはおよそあてはまらない。異化作用による笑いという自伝的自虐系作品の常道は、この作品の前では沈黙。作者の巧拙ということ以上にその一番の理由は、主人公のたどる足跡があまりにありふれたものと感じられる既視感ゆえ。<strong>弘兼憲史</strong>の<strong>『島耕作』</strong>シリーズが、現実にあるはずもない御都合主義的展開で逢瀬を重ねる一方で、経営論＋労働論の活写によって世のサラリーマン（予備軍）のマニュアル本として機能してきたという噂もあながち嘘ではないと思わせるリアリティをもちえたのと真逆にではあるが、終わりなき不況の果ての失業率および自殺率増加に彩られた世相を濃密に披露する本作は、現実世界の再現性の高さゆえに、世相との距離感の近さゆえに、これを対岸の惨事と眺めるだけの猶予を与えてはくれない。</p>
<p>◆ブランショからデリダおよびドゥルーズ、そして<strong>アガンベン</strong>の<strong>『偶然性について』</strong>（月曜社）において結実したひとつの系譜を牽引してきた<strong>メルヴィル『</strong><strong>バートルビー』</strong>の「I would prefer not to」（せずにすめばありがたいのですが）という独白、この独白があまりに似つかわしい時代精神に寄り添った<strong>エンリーケ・ビラ=マタス『バートルビーと仲間たち』</strong>（新潮社）、さらには<strong>トム・ルッツ『働かない』</strong>（青土社）と、おそらく世相を反映してのこと、昨今の（非）労働論のレフェランスは数限りない。「無為」という言葉によってこれらの系譜と共鳴する本作は、およそカタルシスをもたらすことも、まして反面教師となるほどの逆説的な有益性をもたらすこともないが、ただし労働観をはじめとする価値変動を生んだ土壌そのものを裸形のままに露呈する、ひとつの時代の不快なまでに誠実なドキュメントではある。</p>
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		<title>傷としてあること、森下裕美『夜、海へ還るバス』</title>
		<link>http://plussight.net/?p=796</link>
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		<pubDate>Fri, 04 Jul 2008 16:20:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ピエールいがらし</dc:creator>
				<category><![CDATA[爆裂読書日記]]></category>

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		<description><![CDATA[


夜、海へ還るバス (アクションコミックス) (アクションコミックス)
森下 裕美Amazonで詳しく見る by G-Tools


◆「私は自問する、おのれの誇りが侵害されたとき、他人に傷つけられたとき、どんな人も [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<table border="0" cellpadding="5">
<tr>
<td valign="top"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4575941611/plussight-22/ref=nosim/"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51GKKEad2YL._SL160_.jpg" alt="夜、海へ還るバス (アクションコミックス) (アクションコミックス)" border="0" /></a></td>
<td valign="top"><font size="-1"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4575941611/plussight-22/ref=nosim/">夜、海へ還るバス (アクションコミックス) (アクションコミックス)</a><br />
森下 裕美</font><font size="-1"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4575941611/plussight-22/ref=nosim/">Amazonで詳しく見る</a></font><font size="-2"> by <a href="http://www.goodpic.com/mt/aws/index.html">G-Tools</a></font></td>
</tr>
</table>
<p>◆「私は自問する、おのれの誇り<wbr></wbr>が侵害されたとき、他人に傷つけ<wbr></wbr>られたとき、どんな人も急いでそ<wbr></wbr>こへ避難するあの秘められた傷は<wbr></wbr>どこにあるのか、どこに隠れてい<wbr></wbr>るのか？　この傷……かくてそれは心の内奥<wbr></wbr>になる……、人がふくらまし、満<wbr></wbr>たしつくすのはそれである。どん<wbr></wbr>な人でもこの傷にたどりつける、<wbr></wbr>ついにはその人が、秘められた、<wbr></wbr>苦しむ心臓のような、この傷その<wbr></wbr>ものになるまでに」<br />
（<strong>ジャン・ジュネ「綱渡り芸人」『<wbr></wbr>アルベルト・ジャコメッティのア<wbr></wbr>トリエ』</strong>）</p>
<p>◆トラウマという言葉はかつてな<wbr></wbr>く疲労している。トラウマという<wbr></wbr>言葉の、この憂鬱症的な被害者意<wbr></wbr>識に端を発する濫用の背景には、<wbr></wbr>ある自己憐憫ないし自己劇化の甘<wbr></wbr>美な力学が働くことは否定できず<wbr></wbr>、そのためトラウマ物語は後期・<wbr></wbr>岡崎京子作品以来すでに市民権を<wbr></wbr>得たジャンルとしての地位を揺る<wbr></wbr>ぎなきものにしているかに見える<wbr></wbr>。</p>
<p>◆前作<strong>『大阪ハムレット』</strong>（双葉社／<strong>『週刊アクション』</strong>連載中／第10回文化庁メディア<wbr></wbr>芸術祭優秀賞・第11回手塚治虫<wbr></wbr>文化賞短編賞ダブル受賞）とは人<wbr></wbr>物描写の掘り下げにおいて異なる<wbr></wbr>森下裕美『夜、海へ還るバス』も<wbr></wbr>また、このエゴロジックなトラウ<wbr></wbr>マ物語をベースラインとするとい<wbr></wbr>う点では、いささか食傷気味のア<wbr></wbr>ウトラインをもつ。長剣で子宮を<wbr></wbr>貫かれる悪夢、血塗られた包丁を<wbr></wbr>手にした母の幻、消去されたはず<wbr></wbr>のその記憶のフラッシュバック…<wbr></wbr>…幼少の頃からこれらトラウマ記<wbr></wbr>憶に悩まされてきた「小澤夏子」<wbr></wbr>は、結婚を間近に控えながらも、<wbr></wbr>男性との性交情景を夢に見たこと<wbr></wbr>がない事実と、ある種の男性嫌悪<wbr></wbr>の逆転現象ともいえる女性との性<wbr></wbr>交を試したいという積年の懸案を<wbr></wbr>婚約者「吉田」に告白する。彼女<wbr></wbr>の心の内を察してこの奇妙な試み<wbr></wbr>への同意を得たあと、相手を物色<wbr></wbr>するにも途方にくれる彼女の前に<wbr></wbr>突如現われた同じマンションの住<wbr></wbr>人「美波」とふとしたことから出<wbr></wbr>逢い、はじめての同性交を経験す<wbr></wbr>る。</p>
<p>◆はじめはその提案に理解を示し<wbr></wbr>ながらも、いざ同性交の事実が明<wbr></wbr>らかになるや嫉妬に走る婚約者、<wbr></wbr>過去に夫を亡くしてからたたきあ<wbr></wbr>げの経営者として従業員との痴情<wbr></wbr>のもつれまでも経験した母、それ<wbr></wbr>を妻の前で過去の美しい思い出と<wbr></wbr>して回想する男。いかにもそれら<wbr></wbr>しいトラウマ形成のための家族環<wbr></wbr>境と人間関係の「定型」を提示し<wbr></wbr>ながらも、しかしこの作品は、「<wbr></wbr>トラウマからの回復」という安易<wbr></wbr>な解決を提示することはない。む<wbr></wbr>しろそれとは反対に提示されるの<wbr></wbr>は、「トラウマへの回帰」とでも<wbr></wbr>いうべき倒錯的な着地点。繰り返<wbr></wbr>される身体接触を超えた心の通い<wbr></wbr>あいとしての同性交への耽溺、母<wbr></wbr>への小児症的な近親憎悪、夏子の<wbr></wbr>「浮気相手」のもつ破壊的人格へ<wbr></wbr>の婚約者の警鐘、にもかかわらず<wbr></wbr>別離の後でも夢想のなかで逢瀬を<wbr></wbr>重ねる夏子。</p>
<p>◆癒えることの決してない、傷。<wbr></wbr>そして、心的外傷ではなく身的外<wbr></wbr>傷としての子宮内腫瘍を患った夏<wbr></wbr>子の身体。その身体に傷（手術痕<wbr></wbr>）が刻まれることを、婚前にもか<wbr></wbr>かわらずと嘆く母の言葉を受けた<wbr></wbr>、婚約者の「傷のコトなんかボク<wbr></wbr>気にもしませんわ／夏っちゃんの<wbr></wbr>体がようなってくれたほうが安心<wbr></wbr>ですし」という言葉は実に示唆的<wbr></wbr>で、婚姻をひとつの人格と身体の<wbr></wbr>契約的な所有と考えるストレート<wbr></wbr>なまでの男性原理が露呈される。<wbr></wbr>そう考えてみると、「美波」に破<wbr></wbr>壊的人格を見たとまことしやかに<wbr></wbr>語る真顔の婚約者の言葉も、婚姻<wbr></wbr>と妊娠をナイーヴなまでに直線状<wbr></wbr>につなぐ思考回路と相俟って、確<wbr></wbr>たる根拠にかけた所有欲からくる<wbr></wbr>妄想虚言症とも思えてくる。それ<wbr></wbr>ほどまでにこの作品のなかで、そ<wbr></wbr>の言動でつねに空転を繰り返す婚<wbr></wbr>約者に与えられるステータスは低<wbr></wbr>い。</p>
<p>◆物語は傷に始まり傷に終わる。<wbr></wbr>傷を巡る婚約者の言葉がいわゆる<wbr></wbr>処女信奉ともいうべき無傷の心身<wbr></wbr>を所有するという利己的な願望と<wbr></wbr>無縁ではないのに対し、心に傷を<wbr></wbr>負うとともに身体に傷を負った満<wbr></wbr>身創痍の彼女との溝・落差は、も<wbr></wbr>はやひとつの人格の内奥にとどま<wbr></wbr>る領域を超え、婚姻関係の社会的<wbr></wbr>機能についてのアンチテーゼを代<wbr></wbr>弁する。このアンチテーゼを声な<wbr></wbr>き声で告白しながら、彼女はふた<wbr></wbr>たび傷へと回帰する。結婚を果た<wbr></wbr>して異性愛体制を受け入れたかに<wbr></wbr>見えながらも幼少期から見つづけ<wbr></wbr>てきた海に向かうバスのなかで「<wbr></wbr>美波」と抱擁にふける夢という名<wbr></wbr>の傷へ。「バスはどこへも行かな<wbr></wbr>い／ワタシに向かう」というつぶ<wbr></wbr>やきとともに、レズビアニズムを<wbr></wbr>内包しながら生きるための安住の<wbr></wbr>庇護地としての傷へ、「ついには<wbr></wbr>その人が、秘められた、苦しむ心<wbr></wbr>臓のような、この傷そのものにな<wbr></wbr>るまでに」。カタルシスを準備せ<wbr></wbr>ざるをえないという物語構造の常<wbr></wbr>道に逆行すると同時に、快癒では<wbr></wbr>なく「傷そのものになること」し<wbr></wbr>かトラウマの帰着点はありえない<wbr></wbr>とでも主張するかのような本作の<wbr></wbr>逆説は、コミカルにデフォルメさ<wbr></wbr>れた人物造形とは裏腹に、きわめ<wbr></wbr>て真摯で深刻、そして反動的な道<wbr></wbr>を指し示している。</p>
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		<title>プロレタリア・ファミリー・ロマンス・広島系、松田洋子『赤い文化住宅の初子』</title>
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		<pubDate>Thu, 12 Jun 2008 02:03:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ピエールいがらし</dc:creator>
				<category><![CDATA[爆裂読書日記]]></category>

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		<description><![CDATA[


赤い文化住宅の初子 (F×COMICS)
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◆広島の名は条件反射的に原子爆弾の焦土を想起させる。それは、 [...]]]></description>
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</tr>
</table>
<p>◆広島の名は条件反射的に原子爆弾の焦土を想起させる。それは、決して世界初の被爆都市のレッテルをステータスに転換して平和都市とするマクロポリティックスの功績ばかりではなく、むしろ被爆からの復興と連動した市民運動としてのポピュリズムの力によるところが大きい。このポピュリズム的な連帯の大きな一歩を記したひとつが、広島とコミックのわかちがたい絆をはじめて結んだ<strong>中沢啓治『はだしのゲン』</strong>（汐文社／<strong>『週刊少年マガジン』</strong>連載）であり、以来、2004年に刊行後じわりと支持を得てきた、<strong>こうの史代『夕凪の街桜の国』</strong>（双葉社）まで、この連鎖の道は絶えることなく続いている（広島平和思想の系譜のなかにこの二つの作品を定位する試みについては、<strong>東琢磨『ヒロシマ独立論』</strong>（青土社）を参照）。</p>
<p>◆そこでこの作品、<strong>松田洋子『赤い文化住宅の初子』</strong>だが、この作品には戦中から戦後をつなぐ広島の痕跡はおよそ見つけがたい。「赤い文化住宅」という言葉はどことなくそれらしさを醸し出すが、作品中、これが主人公・初子に亡き母がすすめてくれた<strong>モンゴメリ『赤毛のアン』</strong>からのアナロジーであることが仄めかされる。広島の痕跡のある広島に代わって、広島の痕跡のない広島のなかで繰り広げられるのは、つねに重いためいきを吐き散らすことをやめない、秩序破壊者「赤毛のアン」とは似ても似つかない、コンフォルミスト・中学生初子の下流ライフ。</p>
<p>◆蒸発した父、過労で逝去した母、妹を養いつつデリヘルに執心の兄、そして初子からなる宇野一家は、しかしすでに家族＝家庭としては風前の灯。初子は場末のラーメン屋でアルバイトをするも、心を寄せる同級生の三島くんと約束した高校進学は経済的に絶望状態。中学卒業後は就職の道を選ぶことにするが、その間にも蒸発したはずの父との再会と別離、その父の焼身自殺による自宅全焼、高校進学後も交際の続いていた三島くんとの別離と、果てしなく受難は続く。この絶望のなかにあって、三島くんの存在は輝く一瞬の希望に見えるが、彼と初子の純愛の可能性はすでに初子のほうから徹底して断念されている。</p>
<p>◆たとえば……初子「なあ」三島「おん？」初子「いきなりうちがおらんなったら心配する？」三島「するわあ」初子「東高の制服着て宮通りで仕事せん方がええ？」三島「すなぁや」「大人んなったらわしの嫁さんにするんじゃけ」……（初子）「この約束だけでいつまでもしあわせにくらしてしまえそうなよ」。純愛どころか将来の体面を計算したうえで甘美な言葉を放つ三島のあざとい善意に気づいたうえで初子は、希望を抱かせるのが三島という特定の個人ではなく、家族の再生についての「約束」であることを心中で明かしているように見える。</p>
<p>◆さらに……高校進学後の三島との公園デートで、公園を徘徊するホームレスを見て、己の将来を重ねて不安を感じる初子に対し、「宇野はそんな心配せんでええけ」「わしがおるがぁっ！」とマッチョな宣言を繰り出しながらも、蒸発した父と兄との諍いに混乱する初子からの電話に、塾での授業中のために応答できない三島との見えがたい境界線は、いわば二人の生活世界を隔てる格差の尖端として露呈される。</p>
<p>◆その意味で、家を全焼で失って転居する初子との別れのシーンで、永遠の別れを意識した初子に「わしらは家族んなってホームドラマにするんじゃ」という三島に対して初子が返す言葉「ふん」のトーンは、どのように解するべきだろう？「どんなんなっても家族になろういうてくれる人がおったら希望は終わらんよ」という初子の最後の言葉をナイーヴに勘案すれば、それは同意のサインともとれそうだが、同時に三島の言葉を鼻で笑う嘲笑ともとれる（それまでの文脈から後者の可能性は濃厚だが）。後者の解釈をとるなら、現代日本社会ともリンクする本作の下流ライフにあって、中学生にして受難の道を歩まざるをえない社会の機能不全に呪詛を向けるにせよ、そのなかでも生き残るのは、国家でも社会でも世間でもなく、（どのような形態をとるかは別として）家族という最小単位のコミュニティへの悲喜劇的な儚い希望であるという、ある意味では絶望的な期待をこの作品は教えてくれる。暴力と貧困の苗床であり、もはや痕跡としてしか機能しない家族は、しかし未だ子どもたちに価値観を与える希望の灯であることをやめない（<strong>斎藤環『家族の痕跡』</strong>筑摩書房）。</p>
<p>◆最後に松田洋子の狡猾に洗練されたスタイルについて一言。かつて80年代のバブル時代、その地下層に流れる汚泥のようなルンペンプロレタリアートたちの肖像を量産していた反時代的作家・<strong>いましろたかし</strong>（<strong>『初期のいましろたかし』</strong>（小学館）参照）の如く、トーン大量添付＋細線濫用の最近の潮流とは相容れない画筆は、特筆に価する。そしてそれ以上に、哀しみと怨みと諦めが絶妙な割合で配合された初子の両眼は、あえて時流への逆行をねらった意図の有無はともかく、「下流」というアカデミズムとマクロポリティックスの結託から生まれた汚名を転用してスティグマとし、まだ見ぬ家族という幻想のために個人の自律を確立しようとする、ある美しい矜持をたたえている。</p>
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		<title>美しき暴力（ポストポスト24年組の密かなこころみ）、吉野朔実『period』</title>
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		<pubDate>Thu, 05 Jun 2008 01:07:01 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ピエールいがらし</dc:creator>
				<category><![CDATA[爆裂読書日記]]></category>

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		<description><![CDATA[


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◆児童虐待、ネグレクト、夫婦間暴力、父母殺害、近親姦 [...]]]></description>
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</tr>
</table>
<p>◆児童虐待、ネグレクト、夫婦間暴力、父母殺害、近親姦……「ドメスティック・ヴァイオレンス」と総称できるこれらの暴力はすべて地域共同体から隔 絶された密室と化した家庭内で蛮勇を奮い、地域共同体そのものでもはずの学校での「いじめ」の激増とともに、もはやニュースで聞かない日は珍しいほどにな りつつある。</p>
<p>◆ただし、「ドメスティック・ヴァイオレンス」と「いじめ」というテーマは、娘がイグアナに見える母と娘の相克を描いた<strong>萩尾望都『イグアナの娘』</strong>（1994年／小学館／『プチフラワー』連載）など、その原型はすでに用意されているし、そもそも学園ものの少女コミックでこのテーマに触れないものはほぼ皆無。最近の例なら、ドラマでも複層化した粘着的ないじめの描写が話題を呼んだ、<strong>すえのぶけいこ『ライフ』</strong>（講談社）はまさにその典型。本作、<strong>吉野朔実『period』</strong>はその土壌から育まれた作品とひとまずは言える。</p>
<p>◆母は家を出て戻らないまま父・鏡嶋戒人と3人で暮らす兄・鏡嶋迥（はるか）と弟・能（よき）の兄弟の物語は、日々くりかえされる父の暴力に耐えか ねた兄による鈍器殴打殺人未遂を境に、脳血栓からくる記憶障害と身体付随を負った父の人格変貌にはじまり、経営難から借金を負った叔父夫婦による家の売却 後、山中の児童養護施設に舞台を移行、そこで兄弟を取り巻く施設児童たちへの教師と児童たちのいじめがはじまる……。</p>
<p>◆兄弟目線で作品がつくられているためか、父や教師や児童からの暴力のその理不尽レベルについては読む者の共感（≒あわれみ）を誘う。理知的な兄弟 が「ドメスティック・ヴァイオレンス」も「いじめ」も解決していくプロセスは、とりわけ兄の内省的な葛藤（父からの遺伝的気質のひとつ）や弟の暴力的傾向 （もうひとつの父からの遺伝的気質）を挟みながら、もうほとんど道なき道の獣道。ただ、あまりに理知的に造形された兄弟像には、（理知的であるかどうかを 問わず被害者を襲う点に現在の「ドメスティック・ヴァイオレンス」「いじめ」の特異性があるとすれば）少々リアリティを感じさせないところもある。しかし だからといって、暴力の被害者は弱者だからステレオタイプな弱者イメージにはめこんで読者の憐憫（≒優越感）をかきたてる人物造形をほどこせばそれでい い、というわけでもないのは当然。そのあたりのバランス感覚がどのように配合されるかは、今後の作品の展開次第（この点が解決されれば、水谷修を題材にし たドキュメント作品、<strong>土田世紀『夜回り先生』</strong>（小学館）と双璧になることも）。</p>
<p>◆現在２巻まで刊行された本作の要は、地下根茎のように連鎖・増殖する暴力の不可解さにフォーカスを当てたところにある。とりわけ児童養護施設への移転後から弟が見せはじめる父ゆずりの暴力気質というか嗜虐性は、<strong>シェイクスピア『ハムレット』</strong>で の父の亡霊から復讐を迫られる王子ハムレットを思い起こさせもするし、児童虐待はひとつの発達障害とする近年の精神医学研究を連想させもする。また、兄弟 による母を唯一の例外とする女性嫌悪（ミソジニー）は、あるときは父に好意を寄せたあとに謎の事故死を遂げた担任教師に、あるときは財産を狙う叔母に、あ るときは入院後の父と近親婚的な内縁関係を結んだ叔母・華に向けられ、ときに暴力的な拒絶を辞さないその徹底した嫌悪感は、その反動として暴力の失われた 同性愛的兄弟愛として結実する（この嗜虐性と被虐性の連鎖のなかに取りこまれた男同士の絆は、萩尾望都によっても作品化された<strong>ジャン・コクトー『恐るべき子どもたち』</strong>を思わせるが……それにしても「24年組」の呪縛は今なお健在）。</p>
<p>◆「ドメスティック・ヴァイオレンス」「いじめ」という現代の病理ともいえる暴力をピュアなモラリストとしてただ告発するのではなく、植物的に増殖 する暴力のループ構造に分析的に着眼し、なおかつBL的要素もけっして忘れない折衷感覚。もちろんそれこそが本作の魅力だが、その傾向は同時に、リアリズ ムにもファンタジーにも接岸しないどっちつかずの難破状態にとどまる危険とも背中合わせでもある。その結末は、第２巻でさらなる不幸に襲われた兄弟の今後 が描かれる第３巻以降に乞うご期待。</p>
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		<title>球体と重力、円環と浮力、岩岡ヒサエ『土星マンション』</title>
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		<pubDate>Mon, 12 May 2008 15:20:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ピエールいがらし</dc:creator>
				<category><![CDATA[爆裂読書日記]]></category>

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		<description><![CDATA[


土星マンション 1 (1) (IKKI COMICS)
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◆宇宙を情景にした作品といえば、古くは手塚 [...]]]></description>
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</tr>
</table>
<p>◆宇宙を情景にした作品といえば、古くは<strong>手塚治虫</strong>『<strong>火の鳥</strong>』や『<strong>機動戦士ガンダム</strong>』シリーズなど、闘争と恋愛の男性原理から逃れられないのが定石だが、宇宙飛行士を夢見る少女たちのSFファンタジー<strong>柳沼行</strong>『<strong>ふたつのスピカ</strong>』（メディアファクトリー／2008年5月現在・全14巻／『<strong>月刊コミックフラッパー</strong>』で連載中）以来、今や風前の灯の男性原理に依らないというターニングポイントを迎えている。つねに新機軸の作品を世に問う雑誌『<strong>IKKI</strong>』に連載中の<strong>岩岡ヒサエ</strong>『<strong>土星マンション</strong>』（小学館／１〜３巻）もまた、このターニングポイントの一翼を担う作品のひとつ。</p>
<p>◆土星リング型コロニーの窓掃除夫として働いていたが不慮の事故により不帰の人となった父と死別した少年ミツは、父の死の謎を探すように＝父の死の跡を追うように、父の属した労働組合に所属し父と同じ仕事に就くことを選ぶ。父は自分を捨てて（自然保護地区として訪問を禁じられた借景としての地球へと落下することで）自死を選んだのではないかという父への懐疑、玄人肌の職人「仁」との友好、風貌こそ恐ろしいがミツを優しく気遣う「影山」との家族ぐるみのつきあい、父の最期に立ち会ってから窓掃除夫を辞した「タマチ」とのつかずはなれずの関係、人に愛され支えられるミツへの反感を隠さない「真」とのもつれた関係。これら数々の人々との出逢いを通じ、窓掃除夫の仕事に習熟し、すでに抱えていた微弱な人間不信から回復する少年ミツの成長譚……本作の第一の特徴はまずこの点に要約できる。</p>
<p>◆そして同時に本作の第二の特徴は、ミツが窓を隔ててふれあう依頼人とのタブーを越えた絆という点に求めることもできる。まずこのタブーは、さまざまなイデオロギーとヘゲモニーによって経済格差や政治混乱など諸問題を解決できないまま国家間・民族間・個人間に闘争という名の分断線を張り巡らせ永遠平和の理念から遠ざかること久しい現在の地球社会とは異なるが、つねに排除と疎外を生みだすこの格差・差異の論理を「上層／中層／下層」という単純化された階級制として継承し、格差社会を保持している土星リング型コロニーの社会構造にある。窓掃除を発注する上層界の住人は、窓掃除を受注する下層界の住人と交流することは原則としてタブーとされる。しかしこのタブーを破戒していくミツの一歩が、本作に多くの劇的展開をもたらす。海鮮養殖業者の田抜による窓外を水で満たしてほしいとの信じがたい依頼、仁の旧友の妻との再会、遠隔操作掃除機の開発者による嫉妬にもとづく無理難題、母の庇護下で自由を制限された少女との交流、影山との交流を望む子供たちのねがい……。</p>
<p>◆禁じられているはずの上層・下層間の交流が実現する直接的なターニングポイントは、たしかにミツの個人的意志による越境にあるかのように見える。しかし、ミツの越境は、このタブーが禁止できずにいる唯一の例外状態を前提としてはじめて成立する行為でもある。この例外、下層界の住人にさえ認められる権利、それは異邦人が上層界に足を踏み入れても、それが平和的行為であるかぎり、たとえ死を与えるのでなければその侵入者を退去させることはあっても上層界の住人から敵意をもって処遇されることはないという訪問権。人間愛でさえなく純粋に法的な概念としてのこの訪問権が保証されるところに、『<strong>土星マンション</strong>』のほがらかで性善説的な牧歌的ドラマは生まれる。</p>
<p>◆土星リング型コロニーに平和的秩序をもたらすこの例外権としての訪問権の起源は、絶対王制時代の国際的闘争状態の解決としての地球上での永遠平和を思索した<strong>イマニュエル・カント</strong>『<strong>永遠平和のために</strong>』に帰せられる。永遠平和のための第三確定条項のなかで訪問権の保証を宣言したカントはその論拠を、球形であるがゆえに無限には分散できず誰ひとりとして他人以上に所有権を有することもできず共存せざるをえない地球の幾何学フォルムに求め、さらには「人間の意志に逆らってでもその融和を回復させる合目的性」を備えた「自然」に永遠平和の論拠を求める。その意味で、現在の地球から空間的にも時間的にも離れているはずの『<strong>土星マンション</strong>』の世界システムは、休戦状態という妥協的な平和ではなくポジティヴな意味での永遠平和を基礎とするカント的世界像に奇妙なほど一致する。</p>
<p>◆あまりにカント的なこの世界は、地球から離脱する浮力に支えられた円環コロニーで繰り広げられる物語でありながら、同時に地球という球形の重力に引き寄せられた形でしか平和を維持できない。そのため本作は、<strong>くらもちふさこ</strong>『<strong>天然コケッコー</strong>』（集英社）あるいは<strong>羽海野チカ</strong>『<strong>ハチミツとクローバー</strong>』（集英社）のような善人たちによる喜怒哀楽が織りなす穏健なファンタジー世界を展開するだけにも、さらには単にエクソダスという近未来予想図というだけにも終始しない。むしろ本作の登場人物が繰り広げる人間関係に破壊性のないやわらかな質感が感じられるとすれば、それはひとえにこの世界の住人たちが、「偉大な技巧家」である自然法が命じる永遠平和の摂理に従属しているためであり、その意味では闘争なき理想的世界像というカントの夢想の正確な縮図、現在の地球社会にとって傾聴すべきテーゼを提示するという真摯な一面も、この作品の価値向上に重要な一役を演じている。</p>
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		<title>ありふれた世界、浅野いにお『おやすみプンプン』</title>
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		<pubDate>Tue, 06 May 2008 16:34:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ピエールいがらし</dc:creator>
				<category><![CDATA[爆裂読書日記]]></category>

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浅野いにお『おやすみプンプン』1・2巻（小学館／2007年8月〜2008年1月）
◆スタイリッシュなヴィジュアル構成と時代感覚を鋭利にとらえたプロット構造に定評がある、新世代の旗手・浅野いにおの新作（『週刊ヤングサンデ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4091512186/plussight-22/ref=nosim/" title="asano1.gif"><img src="http://plussight.net/wp-content/uploads/2008/05/asano1.thumbnail.gif" alt="asano1.gif" /></a><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4091512593/plussight-22/ref=nosim/" title="asano2.gif"><img src="http://plussight.net/wp-content/uploads/2008/05/asano2.thumbnail.gif" alt="asano2.gif" /></a><br />
浅野いにお『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4091512186/plussight-22/ref=nosim/" target="_blank">おやすみプンプン</a>』1・2巻（小学館／2007年8月〜2008年1月）</p>
<p>◆スタイリッシュなヴィジュアル構成と時代感覚を鋭利にとらえたプロット構造に定評がある、新世代の旗手・浅野いにおの新作（<strong>『週刊ヤングサンデー』</strong>で連載中）は、これまでの<strong>『素晴らしい世界1・2』『ひかりのまち』『ソラニン1・2』</strong>（すべて小学館）の世界観を踏襲しつつも、当然のことながら作風の変更が散見される。</p>
<p>◆やや誇張的で戯画的なまでに病理化された新興住宅街という名の小社会、突発的な怒りと憂いの間を往来するスキゾイドないし憂鬱気質の登場人物たち、崩壊寸前ないしすでに一家離散状態にある核家族家庭、社会を渡り歩くためにニュートラルな人格とは快的な人格を共存させる多重人格的ペルソナを帯びた主人公……これまでの作品に共通するこれらのピースは、現代社会諷刺の含意をこめられたまま本作でもほぼそのまま用いられてはいる。しかし本作では、小学生男子の主人公「プンプン」とその父母および叔父が極端にデフォルメされた「ひよこ」として造形されるという、これまでには見られなかった改変が施されている。</p>
<p>◆この大胆で意表をつく改変のもとで展開される舞台は、<strong>『虹ヶ原　ホログラフ』</strong>（太田出版／2006年）と同じく小学校の日常生活。ただ、父による母への暴行というややショッキングな情景を冒頭に配置するものの、蝶の大量発生や失踪した女子生徒や奇怪な都市伝説といった「いかにもそれらしい」舞台装置で黙示録的雰囲気を醸しだしていた『虹ヶ原　ホログラフ』とは異なり、<strong>小田扉『団地ともお』</strong>（小学館／1〜11巻［以下続刊］）ほどではないにせよ、女子転入生の登場、秘密基地の探検、家庭の問題、恋愛の話、性の目覚めなど、さほど珍しくもない平凡な日常感覚が保たれる。</p>
<p>◆また同時に、浅野いにお作品の専売特許ともいうべき、友人や近親者とは決定的に相容れないという冷徹な離人感覚は、たしかに「プンプン」のデフォルメ造形とその他の人びとのリアリズム造形から読みとれる。しかし、これまでの作品のような人間憎悪は影をひそめ、裏切れば殺すとまで言わせてはいるが基本的には主人公への直情的な愛情表現を示してやまない転入生「田中愛子」と主人公との恋愛ゲームが中心の世界観は、主人公の仲間の転校などの事件を挟みながら、ありふれた思春期にありがちな古典的テーマ（つねに批評性のある仕掛けを忘れない浅野いにおに「あえて」敬意を表するならば、擬・古典的テーマ）に回帰しているように見える。</p>
<p>◆誇張的なまでに歪んだ内面世界と外部世界との分離からの回復というこれまでの表現形式から、ノスタルジックとも思えるほどに古典的な世界の表現への、いわば作品の試行の変遷を、浅野いにお作品のなかでどのように位置づけるべきか。不可解を越えた笑いを誘おうと試みてのことか奇人変人の類を多く登場させる本作の人物造形は、古い話になるが<strong>古谷実</strong>の<strong>『行け！稲中卓球部』</strong>（講談社／全13巻）の人物造形を思わせる。ただ、その古谷実が学園群像喜劇に徹した<strong>『行け！稲中卓球部』</strong>から<strong>『グリーンヒル』</strong>（講談社）<strong>『ヒミズ』</strong>（講談社）に至って笑いから病理的な世界像の再構築による現代社会の解明へとシフトしていったのに対して、浅野いにおの志向するベクトルは、明らかにその真逆に向かう。</p>
<p>◆この作風の変更の成否は、早くも中学生編に突入する次回作・第3巻に委ねるほかない。たが、たとえ純愛路線の追求という本作のこれまでの路線が以後も貫かれるにせよ、かすかにバランス感覚を失した世界のなかで展開される純愛であることに変わりはない。その意味では、作品の方向性が今後いかなるところに帰結しようと、依然として浅野いにお作品の固有性は保たれるまでにその世界観が確立されていることは間違いない。そして、このような作家の固有性を表わすスタイルの固定が浅野いにおについては吉（安定読者層の獲得）と出るか凶（同語反復的な作風のマンネリ化）と出るかも、今後の展開次第。</p>
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