あなたの生活に新たな視点と潤いを提供するプレミアムライフスタイルマガジン



Category: 無意識の物語


生きることとは??

2008年9月18日 23:07 | 無意識の物語 | By: Gevanni

集中講義で、老年期の心理療法について学びました。

老年期の心理療法となると、まず『死に逝くこと』というテーマははずせません。

と同時に、それはどう生きたか、自分の人生をどう納得してまっとうするかというテーマにもつながってきます。

ディスカッションを重ねていくうちに、これは何も老年期特有のことではなく、どのライフステージにも潜在しているテーマだということが明確になってきました。

なんのために生きるのか、どう生きるのか、あるいは死んでいくのか。

人は受精したときから死に向かっていく存在とも言えます。

その意味では、死を前にしている老人とホントのところでは変わらないのかもしれません。

非常に意味ある授業時間でした。

そして、実はこういう話、こういう疑問を真剣に話したい、ぶつけたいという思いを抱えている人は実は相当多いのではないでしょうか??

しかし実社会は効率主義であり、そんなことを考えていることは、実際上はなんの利益もありません

またこういった話は結局のところ解決はなく、真剣に考えれば考えるほどわからなくなり、不安を呼び起こすものです。

なので、たいていの場合は途中で茶化されたりするなど、真剣に向き合い切ることは難しいものです

しかし、昨今の事件などをみるに、こういった命の話を真剣に出来る場があれば何か変わったのではないのか、と思いました。

外側からの命の教育ではなく、真剣に内から出てくる疑問を率直にぶつけ合い、抱えられる場。

せめて、そういった命のもがきに応えられる場をセラピストはこじんまりとでも提供していきたいな、と思いました。


ジョルジュ・バタイユ

2008年9月10日 21:39 | 無意識の物語 | By: Gevanni

どうも、ご無沙汰してます。ジェバンニです。

心理療法にたずさわっていると、どうしても『人間』というものを考えざるを得ません。

不登校や人間関係などのトラブルも、単に学校にいけるようになるためにはどうするかとか、人とうまくやっていくスキルをどうすれば学べるかとか、そういった次元では収まらない問題がいくらでも目の前につきつけられます。

 困っている当人が意識しているにしろしないにしろ、実際に心で起こっている動きは『人間』がゆえのものという感じがします。

セラピストはやはりその次元にまで想いをはせねばならないと思います。

そんな中、この『ジョルジュ・バタイユ』という思想家はたいへん刺激になります。

人間はいかにして動物から人間になったのか。

人間になることによって、いかに自然と切り離されたか。

自然と切り離されたことによって人間に何が起こったのか。

 こういった疑問にひとつの仮説を与えてくれます。

人間がゆえの苦悩に付き添うセラピストにとって、とても参考になる思想だと思います。

4062659115 バタイユ―消尽 (現代思想の冒険者たち)
湯浅 博雄
講談社 1997-05
by G-Tools


身内がうつになったら??

2008年8月21日 00:44 | 無意識の物語 | By: Gevanni

『ツレがうつになりまして。』を読みました。

うつをわずらっている人は結構まわりにいるものです。
そんなとき、どんなふうに接したらいいか??

もちろん、完全な正解はありません。

それに専門書を読んでもよくわからないと思います。

それよりは、「うつってこんな感じなんだ」「まわりはこんなふうに接することができるかもしれない」といったことがイメージできる方が役に立つのではないでしょうか??

そんなときにはお勧めの一冊です。

こんな心持でいればいいかも。
うつは紆余曲折あるかもしれないけど、ちゃんと回復していくんだ。

そんな思いがもてるといいなと思いました。

ツレがうつになりまして。
細川 貂々
4344011430


人生は花火のごとく

2008年8月8日 23:25 | 無意識の物語 | By: Gevanni

先日、花火大会にいってきました。

hanabi.jpg

 何もない暗闇に突然光がきらめき、数秒後にはまた暗闇と静寂がおとずれる・・・。

 何か無性に『潔さ』を感じました。

我々も、この世に一瞬生まれては、また無に返っていく存在です。

どの花火もそれぞれに綺麗だし、みなきらめいては無に返る点では一緒です。

 いいじゃないですが、一瞬のきらめき。

楽しくきらめいて生きていきましょう。


いじめの克服

2008年7月30日 22:54 | 無意識の物語 | By: Gevanni

先日、ボクシングの世界チャンピオン内藤大助選手のドラマがありました。

内藤選手は、ずっといじめられっ子でした。

naitou.jpg

しかし、母親の激励、ボクシングとの出会い、人との出会い、そして何より内藤選手の不屈の闘志で長い心の傷だったいじめに打ち克ちました。

内藤選手はプロボクサーになったあとでも、いじめっ子の姿をみかけると足が震えたそうです。

新人王となったとき、その祝勝会場にいじめっ子も来ました。

いつものように足が震えた内藤選手ですが、思い切って面とむかって話しにいくことにしました。

ここにおいて、いじめっ子は内藤選手を認め、内藤選手もそのいじめっ子を赦すという和解が生まれました。

いじめの問題は非常に複雑です。
簡単なことはいえません。

しかしあえていうと、内藤選手の場合のように、いじめを真の意味で克服するには長い年月がかかるかもしれないということ、内的な強さを手に入れることによって本当の意味で解決が生まれていくこと、などを考えました。

私はカウンセラーの仕事をしているので非常に考えさせられました。

まずは、いじめを止められることなら止め、つらい状況を一刻もはやく改善してあげることはもちろんだと思います。

だが、それと同時に、内的な課題の克服とはなんだろう、と考えることも大切だと思います。

まわりがなんとかしてあげること、本人が強さを手に入れること。

この両方、どちらも大切だと思いました。

そして、その物語に決着がつくのに10年以上かかることがあるかもしれないこと、しかしそのことは意味があることなども考えました。

いまはモンスターピアレンツといわれるような問題もあります。
何かあったらすぐクレームを出し、すぐ何か解決策が出されるのがあたりまえと思っている思考があります。

だけど、本当の意味での解決はそんな簡単なことでもないし、問題の解決は早ければそれでいいというものでもないと思っています。

人生は最後の最後で「意味のある満足な人生だった」と思えればいいのではないのでしょうか??

 いましんどい状況にある人も、この先どんな未来がまっているかわかりません。

内藤選手もあのいじめられっ子のときは、自分が世界チャンピオンになるなんて絶対思っていなかったはずです。

腐らずしぶとくやっていきましょう。

解決しない問題はない。必ず解決するときが来る。by内藤大助

いじめられっ子のチャンピオンベルト
内藤 大助
4062145480



トップページ | 記事一覧 | +SIGHTについて | お問い合わせ先 | RSS